日記・コラム・つぶやき

【上席】創作(自作)落語の部 東海道五十三次(神奈川編) (5)

さて、次の宿は、藤沢でございます。
藤沢というと、湘南の海、片瀬海岸、江ノ島でございます。

さてその次は江ノ島で
岩本院の稚児あがり
ふだん着馴れし振り袖から
髷も島田に由比ガ浜
打ち込む浪にしっぽりと
女に化けて美人局
油断のならねえ小娘も
小袋坂に身の破れ
悪い浮名も竜の口
土の牢へも二度三度
段々超える鳥居数
八幡様の氏子にて
鎌倉無宿と肩書きも
島に育ったその名さえ
弁天小僧菊之助

江ノ島、湘南の海、あさっての七月一日、もう海開きですよ。
夏休みになるてえと、海水浴客で大賑わいですよ。人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、・・・・・・・・・・。
しつこいですね、
「どうだ、波の具合は?」
「人波でいっぱいだよ」

もう一ついきます。
「どうだ、クラゲは出たか?」
「いや、人出(ヒトデ)でいっぱいだよ」

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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【上席】創作(自作)落語の部 東海道五十三次(神奈川編) (4)

次は、保土ヶ谷の宿でございます。
東海道、今は国道一号線でございます。この一号線と交差する保土ヶ谷バイパス。凄い渋滞ですよ。毎日、毎日。何十キロの・・・・・。そもそもバイパスてえのは、わかります? 渋滞を緩和するために、混雑している市街地を迂回して、避けて通る道路なんですかァ。交通渋滞にブレーキがかかんないですかねェ。
「冗談言っちゃあいけねェ。 ブレーキのかけっ放しだよ」
「何で?」
「何でたって、前の車が動かねぇんだよ。ブレーキかけてなくっちゃあ、ぶつかっちゃうよ」
「あ、そうかァ」なんてェ。
車だけにブーブー言ってもしょうがありませんから、つぎの宿へ行きたいと思います。

次が、戸塚宿でございまして・・・・・・。
この辺りというのは、古くは、古墳群が多く発見されまして富塚といったそうでございます。この富塚から戸塚となったというのが地名の起源でございまして、落語てえのは、こうやって考古学の知識も必要なんですよ。凄いでしょ。「ウーン」と、うなずいている方がいらっしゃいますけど、有難うございます。
今はてえと、住宅地でございまして、バブルのはじける前なんてえのは、もう新興住宅地で人口が急増しまして。政治家のセンセイへの政治献金、ゼネコン汚職が大手を振っておりまして、
「まあ奥様、ご立派な新築のお住まいですこと」
「何をおっしゃいます奥様、お宅のほうこそ鉄筋で」
「まあ、うちなんか、鉄筋というより借金コンクリートですよ」
「まあ、ご冗談ばっかり」
「ところで、あそこの政治家センセイのお宅は?」
「ああ、あそこは、『献金』コンクリート作りでしょう」

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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【上席】創作(自作)落語の部 東海道五十三次(神奈川編) (3)

さて次は、神奈川の宿でございます。
神奈川といえば、あの東京・箱根駅伝で活躍の神奈川大学がございます。
この駅伝というのは、元を正せば中国から伝わったんですが、これホントなんです。
あたしは、大体ホントの話が多いんです、ええ。

五街道。東海道、中仙道、奥州街道、甲州街道、日光街道、この五街道に宿駅制度が出来まして、宿場から宿場を飛脚や馬でつないでいく交通機関としてッ急遽、発達した訳でございまして、ですからこの東海道五十三次てえのは、駅伝なんですよ。面白いでしょ。ねェ。これが陸上競技として今の駅伝として残っている訳でございまして。
もう、この東京・箱根駅伝は、国民的行事ですよ。お正月の風物詩ですよ。
あたしも大好きなもんで、毎年、川崎の街道で小旗を振って応援してるんですが、生で見ると凄いですよ。あの迫力、選手の息づかい。あんな細い身体で二十何キロも一人で走り、あのタスキをつないでいくんですから。
「よく身体がもちますね」
「はい、お正月だけに、モチがいい」

で、帰りに、一人で、まあ、こう一杯やって。あたしも、これが大分、好きな方ですから。何軒かハシゴしまして、ああ、又、飲み過ぎちゃったなァ、午前様だなァと思って、こう、お土産をぶら下げて帰ったんですけど。帰った途端うちのカミさん、お正月早々だというのに、
「あなたッ、今までどこへ行らしてたのッ?」
ヤですねェ、あの響き! しょうがないから言い訳したんです。
「いやァ、宿場寄席の事で、役所の人と一緒に飲んでたんだけど」
「役所の方から、お電話ありましたけど・・・・・・」

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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【上席】創作(自作)落語の部 東海道五十三次(神奈川編) (2)

さて次は、ご当地、川崎宿でございます。
川崎宿は、その昔、川崎大師様への街道として栄えた宿場でございまして・・・・・。
川崎大師様てえと、皆様もうご案内でございますが、境内にハトがうわ~っといまして、お店屋さんもこうやって並んでおりまして・・・・・。おばあちゃんが何を思ったのか財布から百円玉を出して、こうハトに投げるんですよ。百円玉を。あ、あのおばあちゃんボケちゃったのかなァと思って、あたしは親切なもんですから、
「おばあちゃん、何やってんですか?」
「はあ、あたしゃか。あたしゃな、ハトにエサやってんだよ」ってえから
「おばあちゃん、それ、エサじゃないですよ。百円玉ですよ」って教えてやると、
「おめえは、バカか」
「いや、あたしはバカじゃあないですけど」
「バカじゃあなかったら字ィ読めんだろ。ほら、あそこの店に書いてあんの読んでみな。ハトのエサ、百円!」

で、今の川崎てえのは、昔の煤煙の黒い煙の工業都市とは、すっかりイメージチェンジをしましてクリーン川崎。クリーン川崎ですよ。別に今日この寄席が川崎市共催だからといってヨイショする訳ではございませんが、開かれた市政、市民の意見をよく聞いてくれるんですよ。川崎市役所に行ってごらんなさい。あの時計台の。あれ、川崎市役所のシンボルだったんですよ。
あそこは、玄関から入りますてえと、右側の所にこんな箱が置いてあるんです。で、上の方に、この位の口があって何か入れられるようになってるんです。
その前で、おじいちゃん、
「あー、あー」大きな声で怒鳴ってるんです。
市の職員さん、びっくりして飛んで来て、
「おじいちゃん、こんな所で大きな声、出しちゃ困りますよ」
「え、ワシゃか。ワシゃな、役所のいう通りにやってんだよ」
あたしも傍に行って見たましたら、おじいちゃんの言ってる方が正しかったですよ。合ってましたよ。
箱の所にちゃんと書いてありましたよ。
市民の皆様へ
「あなたの声をお聞かせ下さい!」

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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【上席】創作(自作)落語の部 東海道五十三次(神奈川編) (1)

【上 席】とは、寄席で、
     一ヶ月のうち一日から十日までの興行のこと。

お江戸日本橋から京都三條大橋までの東海道におかれた五十三の宿駅、宿場を次々、順につないでいくので東海道五十三次と申しまして・・・・・。今、苦もなくサラーと申しましたがここが本日の重要なポイントでございます。日本橋から京都の、その間の、五十三の宿場の事でございまして。中には、日本橋から京都までが、五十三と思っていた方も多いと思いますが。ですから日本橋と京都は、五十三の数には入らないんですよ。おわかりになります? タメになるでしょ。落語てえのはタメになるんですよ。聞いてる人は。やってる人はダメになるんです!

ご当地、川崎宿。神奈川県は武蔵の国、相模の国でございます。品川から箱根まで「東海道五十三次・神奈川編」と題しまして、僅かばかりのお時間でございます。
どうぞ、気をしっかり持ってお付き合い願いたい訳でございますが・・・・。

♪ お江戸日本橋 七つ立ち
             初のぼり
  行列そろえて アレワイサノサー
  コチャ高輪 夜明けて
            提灯消す
     コチャエー コチャエー
                        (「お江戸日本橋」より)

お江戸日本橋を旅立ちまして、先ず、第一番目の宿場が品川でございます。
男の方はニヤニヤしてますけど、宿場、宿場には、お女郎さんてえのはもう付き物でございまして・・・・・・。昔の男てえのは、お女郎さんがいないと困るそうでございます。何だかよくわからないんですけど。

で、今の品川てえと、もうコンクリートのジャングルでございまして、土なんてえございませんよ。道路は勿論、学校の校庭だってアンツーカーですよ。自然のまんまの土がないもんですから、カーデニングなんてえ花の鉢植えが流行りまして、カーデニングブームですよ。ガーデニングブーム、ガーデニングブームですよ。落語も横文字の入る時代でガーデニングブームですよ。
「定吉、今まで、どこへ行ってたんだ?」
「エヘヘ、わかってるくせに、旦那さんと同じですよ」
「ニヤニヤして気持ち悪いね。どこへ行ってたんだ?」
「エヘヘ、品川でしょ。女郎ですよ。ガーデニングですよ。ジョロ買い、ジョロ買い」

で、あたしも、こう、花の園芸やってるんですよ。
どっちかというと、直ぐ、夢中になっちゃう方で、休みの度に、土いじりしてたんです。近所の人が、
「いしあたまさん、落語の稽古しないんですか?」
「園芸(演芸)も、同じ、芸の肥やしです」

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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【一番太鼓】

「落語草子なんてェ、偉そうな名前、つけたねェ」
「何で?」
「枕草子があるだろう」
「なあに、心配いらねェ」
「ン?」
「落語には、枕(マクラ)が、あります」

【一番太鼓】は、寄席で開場の際、一番のお客さんを迎え入れる時、「大入り満員」を願って、ドントコイ ドントコイと叩きます。

たちばな記
「八四〇の客席がみるみる埋まっていくんですよ。どうしたんだい、このにぎわいはってね、もう、びっくりでしたよ。うれしかったね、もう、びっくりでしたよ。」
もともと情にもろい気性のようで、感極まった様子が、顔と言葉の両方から、噴き出てきました。

川崎市幸区古川町、珠算塾経営、深見政則さん(52)が中心になって行っている「さいわい寄席」の三周年特別寄席が、爆発的な人気を集めて去る十九日、幸い文化センターでめでたく開かれました。
深見さんは、自ら「清流亭いしあたま」と名乗る落語ファン。本誌「USO放送」の投稿常連者でもあり、洒落や冗談、気っぷのよさが五体にしみ込んでいるよう。同行の士に呼びかけて三年前「さいわい寄席」を旗揚げしました。プロの落語家を一人呼んで”木戸銭”無料の気前のよさ。春秋二回の寄席を心待ちするファンが増えるのも当然でしょう。
立ち見も出た記念寄席には、三笑亭可楽さんら四人の真打が出演。あまりの盛況に感激した師匠連は、そろって持ち時間オーバーの熱の入れようだったといいます。

川柳仲間や地元ボランティア団体の後押しがあって実現した記念寄席でしたが、かかった費用の話になると、「そういうことはいいんですよ」と深見さんは口をつむぐばかり。
どうやら、小遣いを工面して開いている「さいわい寄席」。
いよっ、旦那、やってるね。

読売新聞 平成8年5月26日付 提供:読売新聞社

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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【開口一番】

白玉の歯にしみとおる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり   牧水

書いてないんです。(広げて読んでいた扇子を見せる) (笑)
お酒のおいしい季節でございます。
別に秋じゃなくてもいいんです。一年中・・・・。 (笑)
こう好きなもんですから・・・・・。そんな訳で、この歳になりますてえと、身体の方がちょっと気になりまして。え、検査したんです。血ィ取って。血液検査です。
糖がちょっと出かかっちゃいまして、血糖値が・・・・。お医者さんから体重を五キロ落せと言われまして・・・・・・・。食事制限で。
で、今は安定してるんでお医者さんに聞いたんです。
「先生、いつまで食事制限するんですか?」
「当分(糖分)」 (爆笑)

で、お医者さんが、座って落語ばかりやってないで歩きなさいって言うんです。
今、毎日、一時間ばかり歩いているんですけど、これはいいですよ。うっすらと小汗をかいて・・・・。こう血の巡りがよくなって。フッと、アイディアが浮かぶんです。
「アルキメデスの原理」 (爆笑)

大体こんなレベルなんです。あんまり期待しないで頂きたい訳でございますが・・・・・。

(昨秋・第二十八回さいわい寄席での口演「枕」より)

高座に上がって「十秒以内」に「笑い」を取る。お客様を引き込む。
いしあたま流の落語です。

「川崎さいわい寄席」を旗揚げして、この秋に、十五周年記念・第三十回を迎えます。
お陰様で、今や「川崎名物」と言われるまでに発展いたしました。
アマチュア落語にプロ真打をゲストにお迎えして、春・秋・年二回、木戸銭無料、一日二回公演。一七〇〇人ものお客様が集まります。これだけ大規模な寄席は全国的にも類を見ません。
古典落語を中心に落語に取り組んでおりますが、今まで、川崎を舞台にした創作落語を数多く作っています。口演だけだと流れてしまう。十五週年の節目に一冊の本にまとめてみました。

『かわさき落語草子』 清流亭いしあたま著 まつ出版 本体1,200円 より抜粋

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ほっと ひと息!!

花菖蒲(はなしょうぶ)

Dsc00135_web_edited1 ・文目(あやめ)科。
・開花時期は、 6/1頃~  6/25頃。 梅雨の頃の代表的な花の一つ。
・野生の「
野花菖蒲(のはなしょうぶ)」を原種として改良された、国産の園芸植物。
・葉が
菖蒲に似ていて   美しい花が咲くことから「花菖蒲」。
・500年くらいの栽培の歴史がある。 花の系統は江戸系、肥後系、伊勢系の3つに  大きくわかれる。  (その他に、長井古種とアメリカ系、がある) 
・よく開催される「あやめ祭り」の”あやめ”とは  この花菖蒲のことを指すことが多い。  昔の人が花菖蒲とあやめを間違えて、祭りの名前にしてしまったらしい。  (ただでさえ見分けにくいのに、よけいに ややこしくなります) 
・5月5日、6月8日の誕生花(花菖蒲)
・花言葉は「うれしい知らせ、心意気」(花菖蒲)
・三重県の県花(花菖蒲)

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付章 歌舞伎の台本とせりふ (8) 「演劇の台本は時代と民族性を映す」

シェイクスピアは『ハムレット』で、「役者は時代の縮図、簡素な年代記だ」と言っています。主語を「演劇」や「せりふ」に置き換えてもいいでしょう。

演劇は俳優と観衆の間に成立する芸術なので、作られた時代の傾向を敏感に映し出します。なぜでしょうか。第一に、人間は「時代の子」です。作者・俳優も観衆も時代の考え方から離れられません。第二に、演劇は演じる側の主観だけでは成立しない芸術です。演じる俳優と観る観衆がいてはじめて成立します。小数の観衆しか集まらない演劇は、短期公演はできても、長期講演は出来ません。経済的に成り立たない演劇は長続きできないのです。多数の観衆を集めるには、その時代の観衆の嗜好を読み取らなければなりません。つまり、演劇は時代と添い寝する性格を持っているのです。

また、延的はその時間・その場所に居なければ観られない性格も持っていますから、その演劇が生まれた国の人々の国民性・民族性を色濃く映します。
すなわち、演劇の基礎である台本・せりふには、その国・民族、その時代に生きた人々の考え方が強く映されています。

歌舞伎も人形浄瑠璃も、江戸時代の日本に成立した演劇です。当然、江戸時代の日本に生きた人々の考え方を強く反映しています。江戸時代の日本人は、仏教、儒教、伝統的な神道(明治以降の国家神道は別物)や民間信仰などの影響を受けていましたから、歌舞伎のせりふも当然そういう考え方に覆われています。また、歌舞伎・人形浄瑠璃は江戸時代の日本人の価値観や美意識・嗜好を強く映しています。

しかし、そういう宗教・思想が長い間生きてきたということは、その中に真理が含まれているということです。また、そういう宗教・思想の下に生まれた文化・演劇もその国の人々の生活にマッチしていたのです。善くも悪くも私たちの祖先が培ってきた文化ですから、その文化を捨てることはアイデンティティーの喪失を意味します。古い文化は一概に否定すべきではなく、取捨選択するのが正しい態度でしょう。

演劇は時代と密着しなければ隆盛になりませんが、そういう演劇は時代の変化とともに衰退する運命にあります。我々はその例をたくさん見てきました。けれども、国や民族、時代は違っても、同じ人間のことですから、共通して感動するものがあるはずです。歌舞伎やシェイクスピア作品が時代や国境を越えて親しまれているのは、その中に人間としての普遍的なものを含んでいるからでしょう。

『知らざあ言って聞かせやしょう』 ”心に響く歌舞伎の名せりふ” 赤坂治績著 株式会社新潮社 本体680円 より抜粋

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付章 歌舞伎の台本とせりふ (7) 「演劇の台本の言葉は変形されている」

言語には音声言語(話言葉)と文字言語(書き言葉)があります。先に生まれたのは音声言語、すなわち口で言い耳で聴く言葉です。のちに、人間は、文字に書いても他人へ伝達できることを覚え、文字言語が生まれました。

歌舞伎の台帳も人形浄瑠璃の丸本も文字で表されます。つまり、文字言語です。演劇として立体化するためには、俳優(太夫)が文字で書かれた言語を眼で読み、身体に沁みこませたのち、音声言語に変換しなければなりません。
別の言い方をすれば、演劇の台本は観衆が耳で聴くことを想定して書かれます。したがって、読者が眼で受け取るための読み物と観衆が耳で聴くための台本は文章の書き方が異なります。耳て聴いて、観衆の心に響くように書くためには、日常的な平板な言葉より、変形(デフォルメ)した言葉のほうが優れています。耳に心地良い印象にも残ります。日常会話のように書いたものでは、聞く人の記憶に残りません。そのため、演劇の台本は言葉のリスムを計算し、韻を踏むなどして書かれます。

古い時代の西洋演劇の台本も韻を踏んで書かれました。別の言い方をすると詩劇でした。(西洋では演劇は詩の一つと考えられています)。日常生活で話す言葉に近く書かれるようになったのは十八世紀以降です。しかし、そのような自然主義的戯曲は近代の一時期に流行ったものの、元に戻り、現代の欧米演劇の台本も変形して書かれています。人形浄瑠璃の丸本も同様で、韻を踏んで書かれています。歌舞伎の台帳も、人形浄瑠璃より日常会話に近く書かれているものの、変形されていることに変わりありません。

近松門左衛門や河竹黙阿弥の作品はその傾向が強くなっています。特に大事なせりふは、縁語・掛け詞・語呂合わせ(もじり・洒落・地口)などを多用しながら七五調で書かれています。日本語のリズムを考えた、音楽的なせりふに書かれているのです。

つまり、歌舞伎の台帳も人形浄瑠璃の丸本も、強調と省略、別の言葉で言えば飛躍して書かれています。歌舞伎や人形浄瑠璃の台本のせりふ(詞章)を他のものにたとえれば、歌詞に近いでしょう。歌詞も散文として読めば支離滅裂ですが、逆にそのように書かれているからこそ人々の心を打つのです。

『知らざあ言って聞かせやしょう』 ”心に響く歌舞伎の名せりふ” 赤坂治績著 株式会社新潮社 本体680円 より抜粋

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