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付章 歌舞伎の台本とせりふ (7) 「演劇の台本の言葉は変形されている」

言語には音声言語(話言葉)と文字言語(書き言葉)があります。先に生まれたのは音声言語、すなわち口で言い耳で聴く言葉です。のちに、人間は、文字に書いても他人へ伝達できることを覚え、文字言語が生まれました。

歌舞伎の台帳も人形浄瑠璃の丸本も文字で表されます。つまり、文字言語です。演劇として立体化するためには、俳優(太夫)が文字で書かれた言語を眼で読み、身体に沁みこませたのち、音声言語に変換しなければなりません。
別の言い方をすれば、演劇の台本は観衆が耳で聴くことを想定して書かれます。したがって、読者が眼で受け取るための読み物と観衆が耳で聴くための台本は文章の書き方が異なります。耳て聴いて、観衆の心に響くように書くためには、日常的な平板な言葉より、変形(デフォルメ)した言葉のほうが優れています。耳に心地良い印象にも残ります。日常会話のように書いたものでは、聞く人の記憶に残りません。そのため、演劇の台本は言葉のリスムを計算し、韻を踏むなどして書かれます。

古い時代の西洋演劇の台本も韻を踏んで書かれました。別の言い方をすると詩劇でした。(西洋では演劇は詩の一つと考えられています)。日常生活で話す言葉に近く書かれるようになったのは十八世紀以降です。しかし、そのような自然主義的戯曲は近代の一時期に流行ったものの、元に戻り、現代の欧米演劇の台本も変形して書かれています。人形浄瑠璃の丸本も同様で、韻を踏んで書かれています。歌舞伎の台帳も、人形浄瑠璃より日常会話に近く書かれているものの、変形されていることに変わりありません。

近松門左衛門や河竹黙阿弥の作品はその傾向が強くなっています。特に大事なせりふは、縁語・掛け詞・語呂合わせ(もじり・洒落・地口)などを多用しながら七五調で書かれています。日本語のリズムを考えた、音楽的なせりふに書かれているのです。

つまり、歌舞伎の台帳も人形浄瑠璃の丸本も、強調と省略、別の言葉で言えば飛躍して書かれています。歌舞伎や人形浄瑠璃の台本のせりふ(詞章)を他のものにたとえれば、歌詞に近いでしょう。歌詞も散文として読めば支離滅裂ですが、逆にそのように書かれているからこそ人々の心を打つのです。

『知らざあ言って聞かせやしょう』 ”心に響く歌舞伎の名せりふ” 赤坂治績著 株式会社新潮社 本体680円 より抜粋

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