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こいつは宗旨を替えにゃあならねえ 『船打込橋間白波』 (2)

松五郎は鉄瓶を修理しながら、「諸式(品物の値段)の高いのは貧乏人殺しだ」「天秤棒を肩へあてて、日がら一日稼いでも、これでやっと喰うのがすうすう」と嘆いたのち、庚申塚の話題に絡んで、「わっちゃあ門徒だ」と浄土真宗の信徒であると言います。
修理を終えて、帰宅しようとした鋳掛松は、川に浮かぶ屋形船で、野暮な田舎客の島屋文蔵が妾のお咲とよろしくやっているのを目にとめます。

表記したのは、この場面の幕切れで鋳掛松が言うせりふ。屋形船で豪勢に遊ぶ連中を目撃した鋳掛松は、我が身が嫌になり、鋳掛の道具を川に投げ込みます。
少し前に鋳掛松は屑屋との対話で自分の宗旨を話ますが、それはこのせりふの布石です。江戸時代の戸籍は「宗旨人別帖(にんべつちょう)」によって管理されていたので、宗旨を本当に変えることは大変でした。ここで宗旨を変えると言っている意味は、別の宗派に入ることではなく、自分の生きかた・考え方を変えることです。信心深い慎ましい生活をしていた鋳掛松が、別の生き方をすることを宣言したのです。これに似た言い方は『菅原伝授手習鑑』にも出てきますから、江戸時代にはよく使われていた言い方のようです。

この後、松五郎は、首を吊ろうとした花屋佐五兵衛を助け、花屋の難儀を助けるため、通りかかったお咲の跡を尾(つ)けて家に忍び入りますが、旦那と思っていた文蔵はお咲の実兄で梵字(ぼんじ)の真五郎と名乗る盗賊、お咲は自分が前に仮の契りを結んだ女とわかり、松五郎とお咲は改めて夫婦となります。

と話は進みますが、実は、近年この芝居はあまり上演されません。演劇はすべて時代を映しますが、時代に近づき過ぎた芝居はあとに残らないようです。この芝居と「天川屋(あまかわや)の義平は男でござる」というせりふで知られる『忠臣蔵・十段目』は、せりふが有名なために後世まで名前が残った作品の双璧です。

『知らざあ言って聞かせやしょう』 ”心に響く歌舞伎の名せりふ” 赤坂治績著 株式会社新潮社 本体680円 より抜粋

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コメント

黙阿弥の生世話狂言でも、「ととやの茶碗」とこの「鋳掛松」は本当に出ませんね。国立劇場の復活上演にでも期待するほかはありませんが、まず今の調子では半世紀に一回のレベルでしょう。戦後、菊五郎劇団でやったことがありますが、それ以後出ていないのではないでしょうか。この時は松録の松五郎、梅幸のお咲、先代(三代目)左團次の島屋文蔵でした。

投稿: BBC | 2014年8月15日 (金) 午後 07時33分

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