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苦労わかるよ タコ社長(1)

「ヨッ、労働者諸君!」。葛飾柴又に帰ってきた寅さんが、団子屋の裏の印刷工場の工員たちに声をかける。
「景気はどうだい?」 「相変わらずひでえもんよ」と応じるのはタコ社長。まん丸い目、つるんとした頭。手形や税金、いつも金策に走り回っている。
演じたのは太宰久雄。浅草の乾物屋に生まれ、実家は空襲で全焼した。NHK東京放送劇団に入ってラジオの声優になる。でもカメラの前の演技はすんなりとはいかなかった。「男はつらいよ」の小道具係、露木幸次(67)の話。
「タコ社長が『最近のカップめんもおいしくなったねえ』と食べながら入ってくる場面、10回くらいNGになったかな。やり直すたびに、太宰さんは『すいません、すいません』と頭をさげていました」
汗びっしょり。渥美清がアドリブで「タコ!」といったのがあだなのはじまりだ。律儀な太宰は撮影所にプライベートなことをもちこまなかった。息子をなくしても一言もいわない。翌日、大声で笑わなければいけないシーン。こらえきれずに泣きくずれた。98年、74歳で死去。「葬式無用。生者は死者の為に煩わさるべからず」と遺言していた。

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前田吟(64)はタコ社長のもとでインキまみれで働き、さくらと結婚する博(ひろし)を演じた。山口県の高校を中退し、新聞配達、印刷工、サンドイッチマンなどをしながら役者修行。23歳のとき、山本薩夫総監督の「ドレイ工場」で工員を熱演、山田洋次(77)の目にとまって「男はつらいよ」へ。
「撮影が一段落したら、スタッフたちとよく飲んだねえ」タコ社長の太宰やおいちゃん役の下條正巳(しもじょうまさみ)も時々加わった。自分たちはしがない脇役。このままじゃあ、いつになってもスターになれない。そんな思いがよどんだ日もある。
「でもね」と前田。「10年ぐらいたったころかな。博のようなきまじめな人間が実は大切なんだとわかってきた。本当に世の中を動かしているのは、おれたちなんだってね」

人・脈・記 「おーい 寅さん⑧」 朝日新聞掲載より抜粋

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