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「辛抱せいよ」 道しるべ(1)

武田鉄矢(59)が役者の世界にはいるのは77年、山田洋次(77)が監督した「幸福の黄色いハンカチ」に出てからだ。当時28歳。
「なんでオレみたいなやつ雇ったんですかって、山田監督に聞いたんです」
山田はこう答えた。街をあるいていたら、君の「母に捧げるバラード」が流れてきた。この子は歌で物語を作っている。これは一編の映画だ。もしかしたら、セリフをいう力があるかもしれない。「それで、君に目をつけたんだよ」
武田は福岡に生まれ、聾学校の先生になろうと福岡教育大へ。フォークグループ「海援隊」をつくって上京、大学は中退した。「バラード」で「コラ! テツヤ! なんばしようとかいなこの子は」としかる母イクは、たばこ屋を営みながら武田ら5人の子を育てた。
「幸福の黄色いハンカチ」の翌78年、武田は山田から「寅次郎わが道をゆく」に呼ばれる。九州の農村青年、留吉の役だ。失恋して泣いていたら、「おい、青年」と寅さん。「女に振られた時は、黙って背中を見せて去るのが男というものじゃないか」。そう諭され、寅さんを人生の師とあおぐ不器用な若者を演じた。
撮影中、武田は山田が怖かった。「山田学校なんです。監督の『違う』って声が響くたびにぼく、フリーズしちゃうんですよね」。映画づくりの厳しさ、スタッフの心配り、そして完成の感激。「山田学校」を卒業すると、テレビドラマに主演する話がまいこんだ。「3年B組金八先生」である。

武田は、山田が渥美清のことをしみじみ話していたのを思い出す。「彼は学校の勉強はできない。でも時々おかしいことをいう。それがどのくらい人間と人間を結びつけたか。それが人間としての力なんだ、と」
金八先生は生徒たちの心の内にとびこみ、ともに笑い、悩み、涙する。演技をこえて武田鉄矢という人間をぶつけた。

人・脈・記 「おーい 寅さん⑨」 朝日新聞掲載より抜粋

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