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なんと利発や道具じゃ

長谷川平蔵が、地理に詳しかったのは、もちろん、火付盗賊改方長官に就任後、いろいろ心がけたこともあるでしょう。しかし、それまでの過去や経歴も無関係ではなかった、と思います。十七歳まで育ったのは、祖父宅のある巣鴨村、江戸の北部です。のちに、本所入江町の長谷川家へ迎えられるが、義母に反発して家を飛び出し、放蕩無頼の生活をおくる。このときは、本所・深川、つまり江戸の東部が根城でしたが、遊び人ですから、さらにあちこちと足を伸ばしたにちがいない。

父の跡をついでからの私宅が目白台で、西北部。火盗改方になってからの役宅が清水門外で、これは、いまの麹町税務署のあるあたりですから、都心部。南部は、といえば、父の代から親類同様のつきあいのある医師・井上立泉が、芝(現在の港区)に住んでいた。こういう東西南北の経験が、職務を遂行するうえで、大いに役立ったことは、まちがいないところでしょう。

そもそも、当時の江戸の住民にとって、初めての家を訪ねていくなどということは、たいへんな難事だったと思います。切絵図を頼りに行くしかないが、大きな目印となるはずの武家屋敷には、表札なんぞ出ていないわけです。それにくらべると、現在の東京では、地図が各種そろっている。住宅でも、一軒ごとの苗字が入ったものまである。道路地図では、抜け道の記入を売り物にしたものまであります。最近は「カーナビゲーション」といって、自動車運転の道案内をする機械まで登場しました。

平蔵がそんなものを見たら、なんというか。「ほほう、なんと利発な道具じゃ、平成の改革とは、万事こうしたものかのぅ・・・・・・・・・・」と、今昔の感を深くするかもしれません。

「鬼平に乾杯!」 前警視総監 吉野 準著 ごま書房 定価1500円より抜粋

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